大阪高等裁判所 平成10年(ラ)756号 決定 1999年2月22日
抗告人 X
相手方 Y
主文
1 原審判を取り消す。
2 相手方の申立てを却下する。
3 抗告費用は、相手方の負担とする。
理由
第1本件抗告の趣旨及び当事者の主張
1 抗告人は、主文同旨の決定を求めた。その理由は、別紙即時抗告の理由書記載のとおりである。
2 相手方は、本件抗告を棄却する、抗告費用は抗告人の負担とするとの決定を求めた。その理由は、別紙答弁書及び意見書記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 当裁判所の判断の骨子は次のとおりである。
(1) 本件婚姻費用分担請求時の平成3年10月から離婚判決確定時の平成10年4月6日までの間の婚姻費用として、抗告人が相手方に対し分担すべき金額は、原審判説示のとおり1056万9181円である。
(2) その間、抗告人は相手方に対し婚姻費用として合計260万円を支払った。
(3) さらに、相手方は、この間に相手方が保管していた夫婦共同の預金や生命保険などから前示の婚姻費用分担額をはるかに上回る金員の払戻などを受け、これを現実に生活費などに費消していた。この預金等は、抗告人が婚姻費用にあてることを了解して相手方に保管を委ねていたものである。
(4) そうすると、相手方は抗告人に対し改めて婚姻費用の分担額の支払を求めることはできない。したがって、相手方の婚姻費用分担の申立は理由がない。
2 前項の判断の理由は以下のとおりである。
(1) 原審判の引用
本件記録によって認められる事実及び婚姻費用の分担額についての判断は、原審判説示(原審判1枚目裏11行目文頭から24枚目表3行目文末まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。
ア 原審判3枚目裏2、3行目の「満期時支払金」から7、8行目の「総計4003万0314円」までを次のとおり改める。
「多数口の簡易保険及びd生命の保険など」
イ 同裏11行目の「申立人は」から4枚目表2行目の「支払を受けたほか」までを次のとおり改める。
「相手方は、上記別居後に上記簡易保険4口の満期時支払金合計332万5719円を受領し、上記生命保険のうち5口の満期支払金及び2口の解約返戻金合計879万5608円の支払を受けたほか」
ウ 4枚目表7行目の「大津地方裁判所」を「京都地方裁判所」と改める。
エ 同裏9行目の「移転登記手続をする」のあとに次のとおり加える。
「、抗告人は相手方に対し上記残金のうちその余の債務(2973万5000円)を免除する、前示の相手方居宅について相手方が借り受けたa信用金庫からの住宅ローンの残債務866万0756円(返済月額5万5235円)を抗告人が引き受ける」
オ 17枚目裏5行目文頭から18枚目表1行目文末までを削除し、以下の(2)ないし(7)の項番号をそれぞれ繰り上げる。
カ 18枚目裏4行目文頭から19枚目表6行目までを次のとおり改める。
「この点は、相手方が婚姻費用の分担額を改めて抗告人に請求できるか否かを検討する際に考察することにし、以下、預金等の払戻などによる金員費消の事実はこれを措いて判断を進める。」
キ 19枚目表7行目文頭から同末行文末までを次のとおり改める。
「(4)本件婚姻費用分担の始期は、相手方の請求どおり、本件婚姻費用分担の調停申立時である平成3年10月からとする。」
ク 24枚目表3行目の「支払うべき」を「分担すべき」と改める。
(2) 離婚と婚姻費用の分担請求
婚姻費用の分担は、本来、婚姻が有効に存続している夫婦について行われるものである(民法760条)。夫婦が離婚し夫婦でなくなった場合は、その間に婚姻費用の分担はあり得ず、過去分の婚姻費用の分担額の請求は、財産分与という離婚後の財産清算手続に委ねられる。
しかし、夫婦が婚姻中に婚姻費用の分担の申立がなされ、それが家庭裁判所で審理中に離婚判決が確定するなどにより離婚が成立したような場合には、これにより直ちに従来の手続における当事者の努力を無駄にすることなく、これを生かすべきである。すなわち、この場合には、財産分与請求手続が他で先行しているなど特段の事情がない限り、訴訟(手続)経済の観点から、従前の婚姻費用分担手続は、以後、婚姻費用の分担という限られた部分において、財産分与手続(離婚後の財産関係の清算手続)の一部に変質してなお存続すると考える。
したがって、従前から係属していた本件婚姻費用分担の申立は、離婚判決の確定によって消滅せず、なお存続するというべきである。
(3) 婚姻費用の分担額の支払請求について
(1)項で原審判の引用によって示したとおり、平成3年10月から平成10年4月6日までの間の婚姻費用として、抗告人が相手方に対し分担すべき金額の残高は796万9181円である。当事者双方とも、この金額自体は特に争っていない。
ところで、前示認定のとおり、この間、相手方は保管していた預金等の払戻や保険の解約などにより多額の金員を受け取り、これを生活費等にあてて費消している。そこで、以下、この点と婚姻費用の分担額の請求の関係について検討する。
前示認定事実及び一件記録によると、次のとおり認定し、判断することができる。
ア 抗告人は、前示のとおり別居時である平成元年7月に、相手方のもとに、抗告人、相手方、長女A、長男B名義預金及び保険など(以下、預金等という)を残し、その管理を相手方に委ねていた。その詳細は次のとおりである。
<1> b信用金庫○○支店に対する普通預金、定期預金、定期積金。合計1118万4595円(ただし、平成元年5月1日現在の額。平成5年3月1日当時の現在高は合計1230万8218円)。
<2> c信用金庫△△支店に対する普通預金、定期預金、定期積金。合計647万7780円(ただし、平成元年5月1日現在の額。平成5年3月1日当時の現在高は合計498万3999円)。
<3> 郵政省簡易保険4口。満期時支払金合計332万5719円。
<4> 郵政省簡易保険3口。平成5年10月時点での解約還付金試算額は合計171万0745円。
<5> d生命の生命保険7口。満期及び解約金支払金合計879万5608円。
<6> d生命の生命保険5口。平成5万10月1日時点での解約返戻金試算額は合計736万0987円。
<7> その他相手方契約名義の郵政省簡易保険。ただし、その合計額は相手方が調査に同意しないため不明
イ 以上の預金等は、名義いかんに関わらず、夫婦の共同財産にあたる。その通帳や証書類は相手方の管理に委ねられ、生活費として自由に払戻を受けたり、解約することができた。相手方は、<3>の満期時支払金のうち平成3年1月に56万5255円、平成4年6月から平成5年6月までに合計276万0464円の各支払を受けた。また、<5>の満期及び解約時支払金のうち平成2年10月に103万3753円、平成3年9月18日から平成5年3月までに合計776万1855円の支払を受けた。また、平成5年8月頃、<1>のb信用金庫の預金全部を解約し払戻を受けた(相手方は、この払戻金は、自分で自宅に持っていたというが、平成7年3月当時の手持金は167万円になったと述べる)。そうすると、平成3年9月18日以降の相手方の受領金額の合計は2283万余円となり、平成7年3月時点の手持金を控除しても、2116万余円となる。相手方は、これらを平成3年10月以降の生活費などにあてて費消しているが、その具体的な費消額、使途、残額などの詳細を明らかにしない。
ウ 抗告人は、別居の後も、従前から相手方が管理してきた前示の預金等の管理処分を相手方に委ね、これを生活費の不足分等にあてることを了解していた。そして、相手方からの婚姻費用分担の調停申立に対しても、この預金等を生活費に充てるようにと主張し続けた。他方、相手方も、その後実際にこれらの預金の払戻しを受けたり満期保険金を受領したりして、それを生活費等にあててきた。このようにして相手方が生活費等として費消した金額が前示の婚姻費用の分担額をはるかに上回ることは明らかである。必要な婚姻費用はこれによって現実に十分まかなわれていたのである。そうだとすると、相手方はもはや抗告人に対して改めて前示の婚姻費用の分担額を請求することはできないというべきである。
エ また、仮に前示の預金等は夫婦の共同財産にあたり本来は財産分与手続により分配されるべきものであると考えたとしても、既に相手方が婚姻中に費消してしまった分を分配することはできない。相手方は費消額などを明らかにしようとしないから、結局、前示の2283万余円全額が平成3年10月以降に相手方によって費消されてしまったものとみなさざるを得ない。これに対する抗告人の持分がその2分の1を下回ることはない。その金額は、この間に抗告人が負担すべき前示の婚姻費用の分担額796万9181円を少なくとも4割以上も上回る。そうすると、衡平に照らしても、相手方が抗告人に対して前示の婚姻費用分担額の支払いを求めることはできないといわなければならない。
オ なお、抗告人と相手方の婚姻関係は既に解消しているから、将来の婚姻費用の分担を命ずることができないことはいうまでもない。
(4) まとめ
以上の次第で、相手方の抗告人に対する本件婚姻費用分担の申立はすべて理由がない。
3 抗告理由及び反論について
抗告理由の1、2に理由があることは、前示のとおりである。同3は、本件が広島高等裁判所平成4年6月26日決定の事例に当たるというものである。
しかし、右事例は離婚給付の事前交付により、婚姻費用分担の義務自体が消滅した例であって、本件とは事例を異にする。この点は、相手方の主張するとおりである。
次に、相手方は、こう主張する。相手方が保管している通帳等は事実上これを管理保管しているに過ぎず、これがいずれに帰属すべきかは別の手続をもってなされる必要がある、と。
たしかに、離婚時に現に相手方が保管している預金等は、財産分与の手続によって分配すべきである。しかし、生活費に充てることについての了解があり、現に生活費等にあてられ既に費消された預金等は、これが婚姻費用の分担と関係がないとはいえない。財産分与の際には過去の婚姻費用の清算の趣旨をも含んで分与額が定められる。しかし、そのために、婚姻中から係属していた婚姻費用の分担の審判手続によって過去の婚姻費用の分担を命ずる際に、既に生活費等に費消された夫婦共同財産の額を考慮することが許されなくなるわけではない。相手方のこの点についての主張は到底採用できない。
第三結論
よって、相手方の婚姻費用の分担請求を一部認めた原審判は相当でないからこれを取り消し、相手方の申立を却下するすることとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 播磨俊和)